ジェフ&レイソル兼任サポひとり千葉ダービーマッチ男、ことちぃちぃにょ?親方の日々の書き記すまま。 ログは「小」または「最小」でみるべし。


by ta_ch1967
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

石垣島。

 関東から見れば南南西の方向、北緯24度の位置に浮かぶ島、石垣島。目と
鼻の先には台湾があり、イリオモテヤマネコで有名な西表島へもフェリーで40分
の距離。いま石垣島の人口が急増しているようで…。

安易な移住続々、行き詰まり…人口急増の石垣島困惑(4・12/yomiuri online)

 実は8年前のフランスワールドカップ最終予選当時に、石垣から手紙が届いた。
手紙の発信元は吾輩の職場の後輩で、ダイビングのインストラクターを目指すべく
安定した収入を得られる会社を辞めて、サイパンへ。
 その後、本格的にインストラクターを目指すべく、沖縄・石垣へ辿り着いたという。
現地で群馬県出身の子と出会い、「結婚するので遊びに来てください」という内容
だった。当時、最終予選の真っ只中で、迷いもしたが、行くことを決意した。

 UAE戦。あの絶望に近い気持ちにさせられたドローの試合。実は吾輩らのグルー
プも代々木門裏にある明治公園に集合していたが、いつも以上にエキサイトしてい
た通用門口の辺りをのぞいてみると、群衆が取り囲んでなにやら騒いでいる。一部
サポーターが通用門あたりで暴れているようだ。吾輩たちは酔っぱらって暴れてい
た人をなだめたりしていたんだけど、手の施しようがないような状態だった。
 ほとんど寝ないで翌日石垣島へ旅立ち、羽田空港で手にした日刊スポーツの見出
し「日本代表…情けねぇ」の文字が目にしみた。
a0024005_18213418.jpg


 石垣島での思い出は本当に束の間の気晴らしになった。
居酒屋で食べたぐるくんのから揚げがうまかった。
石垣島の青い海がきれいだった。
西表島のマングローブの間をカヌーで漕いだり、牛車に揺られ、島も渡ったっけ。

 西表島で、たまたま手にした新報スポニチには当時の長沼会長が出場を逃した時の
スケジュールをペチャクチャ喋っていて「まだ終わったわけではないのに」とゲンナリし
た。そんな憂鬱な気持ちを背負いながら、沖縄から今度は大阪を目指し、韓国アウエー
ツアーに参加するわけで、この期間、本当に仕事してねぇ、自分(自爆)

 その彼らも今ではまたその南に位置し、日本最南端の波照間島で暮らしているのだ
という。インストラクターになった、という便りはないが、ネットで検索したら、某地区で
農業従事者の責任者になっており、それなりに現地に溶け込んでいるみたいだ。

 石垣は心の楽園だったが、産業や市場規模が小さいから、仕事自体は少ない。
生活していくにはまだまだ大変そうだ。ただ、この島の北にはあの尖閣諸島>があり
将来有望な天然ガス田などがある。開発するようになるにはお隣の反日(笑)行動を
なんとかしなくてはいけないが、そうなったら、この南の楽園・石垣島も変貌するに違
いない。
[PR]
by ta_ch1967 | 2005-04-12 18:21 | この街のどこかに。