ジェフ&レイソル兼任サポひとり千葉ダービーマッチ男、ことちぃちぃにょ?親方の日々の書き記すまま。 ログは「小」または「最小」でみるべし。


by ta_ch1967
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異人たちとの夏。

 1995年8月13日(土)、吾輩のオヤジは虚血性心不全でこの世を去った。59歳になった
ばかりで、あと1年真っ当に働いていれば、定年でした。
 そう、あれから丸10年たちました。オヤジとは特別仲が良かったわけではなかったんです
が、死んだと聞いた時は、胸に熱いものがこみ上げて来ました。

 もともと趣味人な人。
いまでいうスーパースクーター(ヤマハシグナス180)でツーリングに出かけたり、自分で廃
品寸前のテレビをもらってきて直してうちで使ってました。吾輩が小さい時からビデオ
(ベータ。吾輩のオヤジはソニー系に勤務)に慣れ親しんだりMSXパソコン導入の計画も
あったみたい(w
 わりと先見の目があった。
 また、鉄道模型(Nゲージ)もやっていて、6畳と4畳半しかない実家(都営団地)にとてつも
ないジオラマを作り上げたこともあります。
 もともと陸上自衛隊にいたので、体はそれほど大きくなかったんですが、がっしりした体を
していたことを覚えています。
 吾輩が中学生(13歳の)の身でありながら広島と山陰地方へ向けて初めての独り旅をした
のですが、資金援助とか、精神面でもバックアップもしてもらいました。

 思えば吾輩が独り旅するきっかけを作ってくれたのも父でした。

 時は流れ、吾輩はいまだ独身ですが(自爆)、少なからず、子供を思う心みたいなものは
経験しているかも。今考えると、オヤジが家に帰ってくるのが楽しかった時期もあったしオヤ
ジが休日で疲れて寝てるのに、幼少の頃の吾輩は布団に潜って、一緒に寝ていた…。
 最近、猫のひなチャソが四六時中吾輩のそばを離れないようにしているのも、帰宅して真っ
先にひなチャソが出迎えてくれるというのも、吾輩が10歳未満の時にいつもやっていたよ
な…なんて思い出したりします。

 晩年、心臓を悪くした吾輩の父は制限勤務をしていました。それでも自分なりに趣味を見
つけたみたいで、団地のベランダに飛び込んでくる雀にパンくずをカッターナイフで切り刻ん
で、餌付けに成功したんですよね(w

 オヤジが安らかに眠っていることに気がついたのはパートの母が夕方帰ってきてから。

座布団を枕にして、寝ていたそうです。そばには新聞を敷いてパンの耳とかが置いてあったそうなので、おそらく雀にエサをあげる準備をするつもりだったけど、眠くなって横になって…。

二度と瞼は開けることはなかった。
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by ta_ch1967 | 2004-08-14 23:03 | 閑話休題